1997年 日本砂丘学会賞奨励賞

鳥取県の砂丘畑野菜の生産安定に関する研究

藤井 信一郎

鳥取県園芸試験場(〒689-22鳥取県東伯郡大栄町由良宿)

Studies on the Stable and High level Production of Vegetables in Sand Dune Field of Tottori Prefecture

Sinichirou Gujii

Horticultural Institure of Tottori

 私は昭和37年8月に鳥取県農業試験場東伯分場に勤務してから現在まで,鳥取県畑作農業の中心である黒ボク土と砂丘地の2種類の土壌畑を対象に,野菜の生産性向上と生産安定に関する試験研究に従事してきた。特に,砂丘畑野菜については,@中海干拓地の土壌熟畑化とかんがい排水技術,A北条砂丘畑のナガイモの「アク」防止と生産性向上,B福部砂丘畑のラッキョウの連作障害防止等の技術を確立した。これらの作物はいずれも生産性の低さと連作障害によって産地存亡の危機にさらされていたが,今日ではこれらの問題解決によって生産が安定し,鳥取県の特産物として全国に通用するブランド品となった。これらの産地発展に果たした私の役割はささやかなものであるが,主要な研究業績の概要を以下に紹介したい。

T 中海干拓地の土壌熟畑化とかんがい排水技術の確立

 昭和53年から63年まで,鳥取県と島根県にまたがる中海の干拓地のうち弓浜工区の営農技術開発展示ほ場で干拓地畑作の営農技術の確立と展示試験に取り組んだ。

1 土壌熟畑化対策
(1) 干拓地砂畑の土壌条件の改良

@土壌条件の解明:土壌は石灰分が多くてpH8.0以上のアルカリ性未熟砂土である。地下水は土層が深いほど塩分濃度が高く,深さ1.8mより以深ではClが12,000ppm以上で付近の海水より高濃度である。干拓地土壌にネギやメロンを栽培する場合の具体的問題点として,干拓地土壌は,鳥取県中部地方の砂丘熟畑土壌に比べて作物の生産力は60〜80%で,植物体内養分ではりん酸やマンガン及び亜鉛等の微量要素の吸収量が少なかった。
A土壌中塩分の除去:海水が半日以上冠水すると土壌中塩分は340ppmとなった。これを除塩するには50日間に約200mmの降雨によって30ppm以下に低下できた。また,かん水によって除塩するには,少量ずつ間断的にかん水することが効果的で,毎日15oずつ6日間に合計90oのかん水によって,土壌中570ppmの塩分濃度が30ppmに低下できた。夏季高温時における地下水の毛管水上昇による塩分の集積は認められなかった。以上から,干拓地では一般的に重要な問題とされる土壌中の塩分は本地区では重要な問題にならないものと見られた。

(2)土壌熟畑化対策

@標準的土壌管理による熟畑化経過の解析:入植第1年目に緑肥としてライ麦を植栽してすき込み,その後,ネギ,ジャガイモ,タマネギ等の作物を植え付ける体系で,4年目毎に緑肥としてソルゴーを作付け,さらに,作物を作付けする度に発酵豚糞を5t/10a施用する方法を標準とし,7年間の熟畑化経過とその実用性を明らかにした。
A早期熟畑化対策:入植初年目に豚糞50t/lOaをすき込み施用して6ケ月間風雨に曝してすき込んだ後で標準的土壌管理体系に入った場合は,4年後でも鳥取県中部地区の黒ボク土熟畑とほぼ同程度の作物生産力がみとめられた。また,熟畑化を促進するために施用限界量以上の有機質資材を施用する方法として,発酵豚糞20t/10aを畑に散布してユ00oの降雨に曝した後ですき込む方法は,作物生産性の向上と土壌の熟畑化に良好な方法であった。
B有機物施用法:当該地区で入手容易な有機質資材3種について,作物の種類別に,資材の適種とそれぞれの施用限界量を明らかにした。
C作物の生理障害防止:ラッキョウの黄化症状に対して,硫酸亜鉛0.3%液散布の実用性を明らかにした。また,りん酸,亜鉛,マンガン等の作物への吸収促進法を明らかにした。

2 排水対策

 干拓地砂土の土壌浸透能は100o/hr以上で一般の砂畑と大差ないことを明らかにした。また,暗渠として口径65oの吸水渠を深さ1m,間隔20mで設置した場合の,暗渠の排水性能と作物の湿害発生領域を明らかにした。これが基にされて,干拓地の暗渠設置基準が見直され,干拓地での湿害の発生がなくなった。

3 かん水施設利用

 スプリンクラーかん水施設の利用法として,ネギに対するかん水栽培の有利性を明らかにした。また,スプリンクラー利用による病害虫防除は,ネギは葉が直立するために効果が低くて実用的ではないが,サツマイモについてはイモコガの防除に効果が認められた。

U 北条砂丘畑のナガイモの「アク」防止と生産性向上

 ナガイモは,鳥取県の羽合町,北条町,大栄町にまたがる北条砂丘の特産物である。これは,早掘りされるために「とろろ」にすり下ろした場合に褐変する現象,いわゆる「アク」が発生しやすいことが問題であり,これの防止試験に昭和53年から同63年まで取り組んだ。

1 ナガイモの「アク」防止

 「アク」の軽減条件として:栽培条件では,早植え,育苗の実施,首部の種芋による萌芽促進,トンネル栽培による生育促進,植物調節剤等による成熟促進などについて,また,掘り取り後の貯蔵条件では温度,貯蔵日数,ガス組成等について各種の効果を明らかにした。
 防止対策として:@アクの基質であるポリフェノールの含量とその酵素活性に品種間差があり,それが次世代に遺伝されることを明らかにし,品種選抜の基礎となった。Aアクは掘り取り時期を遅らせて完熟させると発生しないので,その時期の早晩と気象条件との関係を明らかにし,アク消失時期の予測式を組み立てた。これは現地農家畑の収穫開始時期の決定には重要な情報として活用されている。

2 ナガイモの生産性向上

 ナガイモの産地では古くから「いも地」と呼称されて高品質で多収できる畑地帯があり,この土壌条件を明らかにした。これは,砂土壌粒子の直径0.3o以下の細粒の含有割合が50〜70%の範囲にある場合である。その上で,地区内全域を対象にして「いも地地図」を作成した。現在では,地区内のナガイモ生産を「いも地」に誘導することが実施されている。

V 福部砂丘畑のラッキョウ連作障害防止

 鳥取県福部村のラッキョウは,昭和55年と56年に根腐病,乾腐病等が重複発病して農協のラッキョウ出荷量が昭和53年の半分以下となった。そこでその抜本的防止対策を樹立するため,土壌調査が実施され,私は,そのリーダーとして昭和56年から60年まで取り組んだ。その結果,天地返し等の土壌改良手法及びほ場衛生等の耕種的手法と共に,土壌消毒の技術を厳格に行なうことによって病害をほぼ防除できることを実証して現地に普及した。それ以後,連作障害は少なくなり生産が安定した。
 昭和50年からラッキョウの生産性向上技術確立試験に取り組み,その折りに確立した施肥法は,現在でもラッキョウ施肥法の基準として活用されている。